大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)58号 判決 1964年6月02日

アメリカ合衆国ニユウヨーク、

ロチエスタア、ステエトストリイト三四三番

原告

イイストマン・コダツク・コムパニイ

右代表者

ミルトン・ケネデイ・ロビンソン

右訴訟代理人弁理士

草場晁

右訴訟復代理人弁理士

秋山礼三

金丸義男

被告

特許庁長官

佐橋滋

右指定代理人通商産業技官

戸村玄紀

主文

昭和三十年抗告審判第三四〇号事件について特許庁が昭和三十二年三月三十日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  請求の趣旨

原告代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立た。

第二  請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、西歴千九百四十一年(昭和十六年)四月九日アメリカ合衆国においてなした特許出願に基き、連合国人工業所有権戦後措置令による優先権を主張して、昭和二十六年二月二十七日「ヴイタミンA効用を有する物質を製出する方法」について特許を出願したところ(昭和二十六年特許願第三、〇〇四号事件)審査官は拒絶すべき理由を発見しないとして、同年十一月二十四日公告決定をなし、昭和二十七年三月四日出願公告がなされた。しかるに訴外井上一男外数名より特許異議の申立があり、その結果審査官は昭和二十九年三月二十日拒絶査定をした。原告は昭和三十年二月十二日右査定に対し抗告審判の請求をしたが(昭和三十年抗告審判第三四〇号事件)、特許庁は昭和三十二年三月三十日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は、同年四月十二日原告代理人に送達された。

二、右審決は、原告の出願にかかる発明の要旨を、「鯨或は鮫の肝油又はその分溜物に、摂氏一五〇度の温度において三時間ないし三〇時間より、摂氏三〇〇度の温度において、〇、五秒ないし一〇秒までに至る適当の温度及び時間の下に、熱処理を受けしめることを特徴とする前記鯨或は鮫の肝油又はその分溜物(フラクション)のヴイタミンA効力を増進せしむる方法」にあるものと認定した上、英国特許第四七九、八一六号明細書(昭和十三年七月十三日特許局受入、以下第一引用例という。)を引用し、「本願の方法は、その操作の面から見て、前記引用例に記載されている方法と軌を一にするもので、たとえ理論的解明において、前記引用例に比較して優つているとしても、公知公用の方法と実質的に同一であるから、旧特許法(大正十年法律第九十六号)第一条の新規な発明と認め得ない」としている。

三、しかしながら審決は、次の理由により違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)、原告は抗告審判において、旧特許法第七十五条による訂正命令を期待して特許請求の範囲を、「鯨肝油又は鮫肝油及びそれらの分溜物特に前記肝油のヴイタミン分を回収した後の残留物として得られるヴイタミン含量の少ない分溜物を熱処理にかけ、この熱処理は摂氏一五〇度の温度においては三ないし三〇時間の任意時間持続せしめ、摂氏三〇〇度において露熱時間を僅かに〇、五秒ないし一〇秒とせねばならぬ点に達するまで、温度の上昇に伴い露熱時間を漸減させ、よつて加熱の時間は、ヴイタミンA濃縮物の製造のため肝油を蒸溜する際に使用したよりも長時間であることを特徴とする鯨肝油又は鮫肝油及びそれらの分溜物特に前記肝油のヴイタミンAを回収した後の残留物として得られるヴイタミン含量の少ない分溜物のヴイタミンA効力を増加する方法」とする旨の訂正書を提出したが、この訂正書は要旨を変更するものとして採用されなかつた。

しかしながらこの訂正は何等要旨を変更するものではない。原告が当初特許願に添付、その後昭和二十六年十一月十五日一部訂正し、これに基いて出願公告がなされた明細書(以下原明細書という)の特許請求の範囲には、「摂氏三〇〇度の温度において〇、五秒ないし一〇秒に至る適当の温度及び時間の下に熱処理を受けしむる」と記載してあるだけであつて、変成時間と蒸溜時間とについて、何等特定していない。原告はこれが不明瞭であるから、これを明確にしたまでであつて、何等要旨を変更したものでない。

被告代理人は、原明細書には変成時間と蒸溜時間との関係について何等の説明もなく、また特定する旨の意思表示もないから、出願後においてこれを特定し、この点に発明が存する旨に訂正することは明らかに要旨を変更するものであると主張するが、本件発明の特徴は、熱処理によつてヴイタミンA効力を有する物質を増加せしめる方法であつて、決して分子蒸溜によつてヴイタミンAを分離する方法ではなく、たまたま実施にあたり分子蒸溜と組み合せて行うに過ぎない。なお原明細書に変成時間と蒸溜時間とについて特定の条件の記載があり、この特定条件を変更したならば確かに要旨を変更するものであるが、公知の分子蒸溜との混同を避けて、その区別を明確にする訂正が何んで要旨の変更であろうか。訂正審判において許される範囲の訂正ならば、審査過程においても当然許可されるべきものである。

(二)、本件出願にかかる発明は、鯨肝油等を古くから利用されている公知の真空蒸溜法のすべてをその範囲内に包含せしめんとするものではなく、従来慣用の高真空蒸溜法によつて鯨肝油からヴイタミンA(なるべくエステル型の)を蒸溜した後に残る残留物は、それ自身ヴイタミンA効力を有しないけれども、四二八クロモゲンなる物質を含有し、この物質は厳密な時間及び温度条件下に熱処理すれば、ヴイタミンA又はヴイタミンA効力を有する物質に変成せしめ得ることを知見し、これに基いて鯨肝油又は鮫肝油から従来の方法よりも、更に多量のヴイタミンA又はヴイタミンA効力を有する物質を収得せんとする方法に関するものである。

(三)、審決が引用した第一引用例に記載された発明は、原告の所有にかかるものであつて、その内容と本件出願の発明との差異については、原告の最もよく知るところである。該英国特許は、単一加熱素子を用い、最初被蒸溜物を最低沸点を有する成分の蒸溜温度に加熱しその溜分を溜出せしめ、次に残留物を次の成分の沸点まで加熱素子の温度を高めて第二番目の溜分を取り出し、以下最高沸点を有する有用成分を溜出せしめるように、被蒸溜物を順次に分子蒸溜することを要旨とするものであつて、その明細書中には、天然に存在するヴイタミン類を殆んど完全に蒸溜した後に残る残留物に四二八クロモゲンなる物質が存在することも、また該残留物を更に適当の温度に、適当時間加熱処理すれば、前記物質がヴイタミン又はその効力を有するものに変成されたことについては、又はその効力を有するものに変成されたことについては、何等言及されていない。従つて本件出願発明とは全く思想を異にするものである。

(四)、次に審決が引用した千九百三十九年ネエチユア第一四三巻第四七四頁(以下第二引用例という)には、鯨肝油を分溜したことについては何等示すところがなく、単に鯨肝油のクロマトグラフイツク・フラクシヨネーシヨンを示しているに過ぎない。このクロマトグラフイーは決して熱を利用するものでないから、たとい四二八のクロモゲンが存在するとしても、これをヴイタミンAに変成することを示すものではない。なお、右第二引用例の終りに説述された「未知の物質」は、本件出願発明における物質と同一ではない。すなわち本件発明の物質は、これを三塩化アンチモンで処理する時は、得られる生成物は四二八mMに紫外線最大吸収を示し、「未知の物質」は五七〇mMに紫外線最大吸収を示すものである。更に本件における残留物質は何等ヴイタミンA効力を有しないが、「未知の物質」はヴイタミンAの生物学的効力を有するものである。

(五)、以上説明したように、本件出願発明は、第一及び第二引用例記載の公知事実には全く関係がなく、又これより容易に実施し得るものでないから、これによつてその新規性は阻却されるものでない。しかるに審決が本件出願発明を旧特許法第一条の新規な発明と認め得ないとしたのは違法である。

第三  被告の答弁

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、原告主張の請求原因に対して次のように述べた。

一、原告主張の一及び二の事実並びに同三のうち、原明細書の特許請求の範囲の項に原告主張のような記載があること及び原告が抗告審判においてその主張のような訂正書を差し出した事実は、これを認める。

二、同三の前記以外の主張を否認する。

(一)、原明細書には、変成時間と蒸溜時間との関係について何等の説明もなく、また特定する旨の意思表示もしていないから、出願後において特定し、この点に発明が存する旨に訂正することは、明らかに、新規事項をその内容に付加することになり、出願当初の発明要旨を変更することに帰するものである。

(二)、審決は、原告のいうように、本件出願の発明がすべての公知方法を含むとは断定していない。審決は、単に本件発明は引用にかかる英国特許明細書により公知となつている操作方法を含むと認定したにすぎない。また審決は、原告のいう四二八クロモゲンの変成反応も明細書から看過して審決したわけではない。このことは審決に十分説明されている。

(三)、第一引用例である英国特許明細書には、肝油を摂氏一五〇―三〇〇度に加熱してビタミンA性物質を採取するにあたり、資料を反覆加熱面に供給し、前記の温度範囲に加熱することが記載されており、その加熱時間も数秒ないし数十秒を要するものと認められるから、右引用の方法が、たとい四二八クロモゲンの存在及び変成等について言及していなくとも操作の面からみて、引例に記載されている方法と軌を一にするもので、実質的に公知公用の方法に含まれると認定したものである。

(四)、原告は第二引用例であるネイチユア誌には鯨肝油の分溜については記載されていないと主張するが、審決は単に鯨肝油はビタミンA性物質の製造原料となり得ることが、同誌に記載してあり、当然第一引用例の方法もこれを除外する筈がないことが、同明細書中の説明によつて明らかである。

(五)、原告は本件出願の発明は、第一、二引用例から容易に実施し得るものではないから、その新規性は阻却されないと主張するが、審決は容易実施論を主張するものではなく、操作方法として公知公用の方法を含み、これと実質的に同一であるから新規性を否定したものである。

第四  証拠≪省略≫

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実並びに同三のうち原明細書の特許請求の範囲の項に原告主張のような記載があり、更に原告が抗告審判においてその主張のような訂正書を差し出した事実は、当事者間に争いがない。

二、右当事者間にい争のない事実によれば、原告の本件特許出願にかかる原明細書には、「特許請求の範囲」として、「鯨或いは鮫の肝油又はその分溜物に、摂氏一五〇度の温度において三時間ないし三〇時間より、摂氏三〇〇度の温度において〇、五秒ないし一〇秒までにいたる適当の温度及び時間の下に熱処理を受けしめることを特徴とする前記鯨或は鮫の肝油又はその分溜物(フラクシヨン)のヴイタミンA効力を増進せしむる方法」と記載されていたが、後に抗告審判において提出した訂正書には、「特許請求の範囲」を、「鯨肝油又は鮫肝油及びそれらの分溜物に前記肝油のヴイタミン分を回収した後の残留物として得られるヴイタミン含量の少ない分溜物を熱処理にかけ、この熱処理は摂氏一五〇度の温度においては三ないし三〇時間の任意時間持続せしめ摂氏三〇〇度において露熱時間を僅かに〇、五秒ないし一〇秒とせねばならぬ点に達するまで、温度の上昇に伴い露熱時間を漸減させ、よつて加熱の時間は、ヴイタミンA濃縮物の製造のため肝油を蒸溜する際に使用したよりも長時間であることを特徴とする鯨肝油又は鮫肝油及びそれらの分溜物特に前記肝油のヴイタミンAを回収した後の残留物として得られるヴイタミン含量の少ない分溜物のヴイタミンA効力を増加する方法」と記載されているものである。

そしてその成立に争いのない甲第三号証(審決書)の記載及び本件弁論の全趣旨に徴すれば、原告代理人は右訂正書(その成立に争いない甲第二号証)を、旧特許法第七十五条による訂正命令を期待して、抗告審判に提出したところ、審決は、「同訂正書は、変成時間を蒸溜時間よりも長時間ならしめんとするもので、明らかに当初の要旨を変更するものというべく、採用の限りでない」と判断していることが認められる。

原告代理人は、原明細書中「特許請求の範囲」の項には、変成時間と蒸溜時間とについて、何等特定していない。前記の訂正は、この不明瞭な記載を明確にしたまでであつて、何等要旨を変更したものでないと主張する。

よつてまづ右訂正書の記載が当初出願にかゝる明細書の要旨を変更するものであるかどうかについて判断する。

その成立に争いのない甲第一号証(本件特許願)によれば、原明細書中「発明の詳細なる説明」の項には、「本発明はヴイタミンA効力を有する物質を製出する方法の改良に係るものにして、なお本発明はヴイタミンA効力を有する物質に変成せしめられたる新製品にも関するものとす。ヴイタミンAは周知の如く脂肪酸のエステル特に高分子量のエステルとして肝油中に産出し、なお遊離のアルコールの形態にても亦産出するものである。本発明者は肝油が、後述の説明より明らかなる理由よりして四二八クロモゲンと命名する物質を含有しており、しかも該物質はヴイタミンA効力を有せざれども、熱処理によつてヴイタミンA又はヴイタミンA効力を有する物に変成せしめらるるものなることを発見せり。(中略)鯨肝油を鹸化せしめ不鹸化部分を分離せる後自由行路高度真空蒸溜を受けしめ、勿論鹸化により鯨肝油中のヴイタミンAはヴイタミンAアルコールに変成され、しかして蒸溜中温度は摂氏一五〇度以下に維持され、ヴイタミンAアルコールは此等の条件の下にて摂氏約一二〇度において溜出し、従つて殆んど全部不溜出残渣より除去さる。次で極く微量のヴイタミンAを含有する不溜出残渣(A)を自由行路高度真空蒸溜器内において再蒸溜し、ヴイタミンAアルコールの残留可能なる痕跡を除去せしむ。またこの蒸溜は低温においても行わるるものとす。次で不溜出残渣(B)を生物学的に試験せるに、ヴイタミンAの可検量を含有せざるものなることが判明した。しかしながらこの残渣はその三塩化アンチモン反応生成物が四二八mMにおいて吸収帯を有する物質を含有するものなることが発見せられた。次でこの残渣(B)に自由行路高度真空蒸溜を受けしめたるに、摂氏二二〇度の温度において多量のヴイタミンAを含有する分溜物が得られたり、なおこの溜出物は、新物質たる四二八クロモゲンの混合物を含有し、この溜出物に摂氏一五〇度以下の低温度において自由行路高度真空蒸溜を受けしめたるに、溜出物は化学的並びに生物学的試験によつて決定せられたる如く相当量のヴイタミンAアルコールを含有せり。残渣(C)は殆んどヴイタミンA効力を有せず、しかも残渣(B)よりも少量の四二八クロモゲンを含有す。かくてヴイタミンAを全然含有せざる残渣が、熱処理によつてヴイタミンA効力を有する物質(明らかにヴイタミンAアルコールであり、かつそれより濃厚なる溜出物の形にて溜出する)に変成せしめられたるものなることを了知し得べし。(下略)」と記載されていることを認められる。

そして右物質(四二八クロモゲン)のヴイタミンAへの変成のための加熱時間については、前記原明細書(甲第一号証)記載の実施例一には、「此の物質の一小部分をコーンオイルに溶解し、七本の毛細管に入れ、此等の管の内の六本を摂氏二二五度に保たるる油浴内に於て、次の第二表に掲載せる時間の間加熱するものとす。

第二表

管番号

時間(分)

ヴイタミンAカ価

単位/瓦

原管

1

1/4

二一〇

2

1/2

一一三五

3

1

三二五五

4

2

五四三〇

5

4

八三七五

6

6

九九五五

前掲の加熱時の後毛細管を取出し冷油中に投入す。(中略)

前記の例に示す如く新物質のヴイタミンAへの変成(転化)は加熱によつて生起せしめられ、一五〇度以上の高き温度が使用さる。しかして一五〇度以下の温度においては変成が比較的緩徐なるものなれば大なる市販的重要性を有せず、なお一露熱における変成の最も好ましき程度には、一五〇度の温度において三ないし三〇時間を、又三〇〇度において〇、五ないし一〇秒を必要とするものにして(下略)」と、また、同実施例には、「鯨肝油を自由行路高度真空蒸溜器の蒸発面上に十二回通じ、すなわち毎回通じたる後不蒸溜残渣を収集し、蒸溜器内を再循環せしめ、而して油を蒸発面に通ずる前に、該油が摂氏二三〇度に加熱せられる如く蒸溜器の予熱器を調整し、蒸発面は不加熱のままとするものとす。尚蒸発面の底部より流出する油は摂氏一七〇度の温度を有し、また蒸溜器内の圧力は約四ミクロンにして(以下省略)」と、更に附記第一項には、「熱処理する前に、天産のヴイタミンAのエステルを例えば摂氏二三〇度迄の温度において高真空蒸溜によつて除去し(以下省略)」とそれぞれ記載されていることが認められる。

以上明細書中の各記載を総合すれば、本件発明の発明者は、鯨或いは鮫の肝油またはそれらから従来慣用の高度真空蒸溜法によつて、ヴイタミンAを蒸溜した後に残る残留物は、四二八クロモゲンと命名する物質を含有し、この物質は、それ自身ヴイタミンA効力を有しないが厳密な時間及び温度条件のもとで熱処理を受けしめれば、ヴイタミンA又はヴイタミンA効力を有する物質に変成せしめ得ることを知見し、本件出願の発明は、この知見に基いて、肝油から従来の方法よりも更に多量のヴイタミンA又はヴイタミンA効力を有する物質を収得せんとする方法に関するものであることが認められる。

もつとも本件発明の方法は、その実施にあたり、たまたま分子蒸溜を組み合せて行うものであるが、発明そのものは、鯨肝油等に従来利用されている公知の真空蒸溜法をその範囲内に包含せしめるものではなく、鯨等の肝油から従来慣用の蒸溜法よりも更に多量のヴイタミンA又はヴイタミンA効力を有する物質を収得せんとする方法にあるものと解せられるべきものであり、更に先に掲げた原明細書中の実施例の記載、ことに「油を蒸発面に通ずる前に、該油が摂氏二三〇度に加熱せられる如く蒸溜器の予熱器を調整し……蒸発面の底部より流出する油は、摂氏一七〇度の温度を有」するとの記載及び附記第一項中引用部分の記載に徴すれば、原明細書には、実質上変成時間を蒸溜時間よりも長時間ならしめる如く処理する場合のあることを明らかに示唆するものと解すべきであるから、出願人が原明細書中「特許請求の範囲」における「変成する際に必要な加熱時間」を「ヴイタミンA濃縮物の製造のため肝油を分子蒸溜する際に必要な加熱時間」よりも長時間の場合に訂正することは、不明瞭な記載の釈明というよりむしろ、当時施行されていた旧特許法施行規則(大正十年農商務省令第三十三号)第十二条にいう「明細書ニ記載シタル事項ノ範囲ニ於テ」特許請求の範囲を減縮したるものとして「其ノ要旨ヲ変更スルモノト看做サ」れざるものと解するを相当とする。

被告代理人は、原明細書に何等の説明もなく特定する旨の意思表示もしていない事項を、出願後において特定したこの点に発明が存する旨に訂正することは、新規事項をその内容に付加することとなり、当初出願の発明の要旨を変更するものであると主張するが、右訂正しようとする事項は、原明細書のうちに明らかに示唆されたものであることは、前記認定にかゝるところであるから、被告代理人の右主張はこれを採用することができない。

三、してみれば、原告が抗告審判において提示した前記訂正書は、当初の要旨を変更するものであるとした審決は、すでにこの点において違法であつて、これが取消を求める原告の本訴請求はその余の争点の判断をまつまでもなく、その理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決した。(裁判長裁判官原増司 裁判官荒木秀一 影山勇)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例